日本の美意識を継承するー武士道と伝統園芸

日本の美意識を継承する
武士道と伝統園芸

展示室3

足利義政の室町時代から織田信長の戦国時代、そして江戸時代にわたり、武士道に通じる独特の美意識で創り上げられた日本の伝統園芸。
260年続いた江戸時代には園芸ブームは将軍など身分の高い人だけでなく、商人そして庶民の間にも広がっていきました。
盆山から、文人たちの煎茶としつらえ、そして庶民文化となった園芸まで、日本の美意識が創りあげた伝統園芸をお楽しみいただきます。


■足利義政・織田信長たちが楽しんだ盆山

盆栽という言葉は江戸から明治時代に出てきました。足利義政や織田信長が好んだであろう盆山を辻本智子が制作しました。

■家康から歌舞伎役者まで万年青狂い

慶長11年(1606年)、徳川家康公が江戸城本丸御殿に入城するに、家臣、三河国・長島長兵衛が「永島」「吾妻鏡」「烟草葉(たばこば)」という3種の万年青を献上しました。(これらの品種は現存します)

家康公はそれを大変喜び、城の床の間に飾り、以降300年に渡り徳川の世が栄えたことから、万年青は縁起が良いとされました。また、播磨明石藩主・松平平衛督直昭候の江戸屋敷で「宗石」に虎斑が出たと伝わっており、参勤交代時に江戸から鹿児島の島津藩へ持ち帰って愛培したことから「江戸残雪」の別名で呼ばれています。ここでは「永島」など江戸の名品を展示します。

■浮世絵から見た江戸の園芸

町民たちまでが園芸に夢中になった江戸末期の園芸ブームのすごさを展示を通して伝えます。
ここでは浮世絵と江戸時代の伝統園芸植物、また、当時すでに日本に入ってきていたエキゾチックな植物もあわせて展示します。

■三代目尾上菊五郎の植木屋

江戸末期、歌舞伎役者の中でも園芸好きの三代目尾上菊五郎は、自分が育てている植物の目録本を制作し配るほど本格的で、とうとう役者をやめ、菊屋という植木屋になり、佃島寺島村に店を構えていました。菊五郎の植木屋は茶店、店、庭で構成されていました。今回は彼が育てていたのと同じ品種の園芸植物や梅、五葉松といった菊五郎好みの盆栽で菊五郎ワールドを再現します。

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